セミナー

NIE公開セミナー議事録 2015年11月14日

記録者
萩原秀文(横浜国立大学院生)
秋岡祐樹(横浜国立大学学部4年生)

基調講演

「主権者意識を育む新聞活用」 重松克也(横浜国立大学教授)

 

主権者教育は、総務省(2011)によると、参加していくという「姿勢」と、政治的リテラシーという「能力」、そして「責任」という三点が指摘されている。そして、なぜその主権者像が必要なのかということに関しては、基本的に欧米と日本が同じような社会状況にあるというトーンが貫かれている。また、主権者教育において「教養」という言葉が使われる。文科省通知(2015)によると「教養」を育むために系統的、計画的な指導計画を立てて実施することとなるが果たして可能なのだろうか。

主権者教育自体は戦後から行われてきており、そこで目指されてきたことは「平和で民主主義的な社会づくりに必要な知識や意欲や態度を育成し、児童生徒が将来、主権者として政治や社会に参加していく基礎づくり」であった。したがって、安易に模擬投票や社会参加などを行わせるというよりは、社会に対する知識理解に重きを置いてきたと言える。現在提唱されているような「新しい」主権者教育は、基本的には参加をしながら、そして知識や関心、判断を育むという姿勢であり、新しさを見出すことはできる。

今後の学習指導要領の流れとしては、いわゆるPISA型学力における課題を克服し、その先へ行くために、問題解決的思考の「プロセス」を習得させようとするという。しかし、社会科教育の立場から、現在の状況は「型はめ」になってしまわないかと危惧している。主権者教育もこのような状況で、時間のない中で行われてしまい、ものを考える「土台」、「裾野」がない中で執拗に判断を迫られる、というようになってしまうのではないだろうか。活動の形が習得されていく中で、「中身」がなくなってしまうように思われる。

今のままで、今のままの学校にいわゆる主権者教育・有権者教育というものを持ちこんでも、結局今までと変わらないのではないか。そして、だからこそNIEが必要であると考える。新聞記事には当然のように、政治や社会のことだけでなく、スポーツや文芸、芸能、家庭、投書など、「未知の世界」がある。そのような中で、ゆっくりスクラップづくりなどに取り組み、あれこれの出来事(記事)を繋げていく土台が育まれていくのではないか。そのような「土台」がないままに投票や政治を持ち込んでも、上辺の言葉繋ぎや選択ごっこになりやすい。

新聞記事を通じて、「もっと大きな未知の世界」の広がりをじっくりと、長期にわたって楽しむ。そしてわからないことを抱えた表現の中でしか成り立たない対話を楽しむ。そのような「土台」を育成する場を実現できる可能性を、NIEは秘めているのではないか。

現場の取り組み報告

臼井淑子教諭(横須賀市立田戸小学校)

▼問題意識

教科書だけではなく、新聞から社会に向き合わせていくための実践。社会の出来事に関心を持ち、自分の考えをもってこの「よくわからない」社会とかかわろうとさせるためにNIEは効果的であると考えられる。

新聞を通して、解決しきれていない社会の問題に対し、新聞になじませることによって、子どもたちは社会について考えるようになる。様々な新聞を扱うことによって一つの考えにとらわれやすい子どもたちに対し、様々な立場の考えを提示することができる。

今日、新聞をとる家庭が少なくなっている。その中で学校で新聞と触れ合うことができる活動をしていくことが必要となる。

▼学習の流れ

NIEコーナーを作り、子どもたちが少し立ち止まって新聞とかかわることができるような場所を作っている。学校に行けば新聞があるという環境づくりに主眼をおいて取り組んでいる。また、場所の設定をするだけでなく、朝読書の時間に新聞を読み、スクラップを作る時間を設ける活動も行っている。

授業活用資料として、教材として新聞を用いることによっても、子どもたちが社会へ関心を持つきっかけとなる。友達からの気づきから、今まで関心が薄かったジャンルにおいても興味関心を持ち始めることがあった。新聞記事の比較だけではなく、友達の気づきからも、子どもたちは様々な立場にたって考えを深めることができる。


村山正子教諭(相模原市立鵜野森中学校)

▼問題意識

教科書にあるような新聞の社説だけを扱うことに疑問を感じる。社説だけでなく、その日の記事を社説だけでなく、丸ごと扱うことのほうが新鮮さがある。また、地方紙と全国紙の比較を行うことによって、地方紙の重要さに気付き、物事を立体的にとらえることができると考える。

▼学習の流れ

新聞に触れられる場を作る。その日の新聞の記事を貼り、関連する書籍の紹介を行うコーナーを設置する。そのコーナーにはポストイットも用意し、だれでも気軽にその記事の感想を言い合い、意見交換をすることができるようにする。

また、授業においては、地方で一面に取り上げるものと全国紙とは違うということに気がつかせ、大事なことをすべて乗せなければならないと思いがちな子どもに対しその地方における重要なことがらと全国紙における重要なことがらは必ずしも一致するわけではないことを理解させることができる。また、同じ新聞を見ているのに隣の友達のとらえ方は全く違うということからニュースはひとによって価値観が違うことに子どもたちは気付くことができる。


金子幹夫教諭(県立平塚農業高校初声分校)

▼問題意識

新聞を高校の教室のなかに持ち込むと、主権者教育に多大なる影響を与えるであろうことは間違いない。だが、不用心に、無抵抗にただ新聞を導入するというだけでは、危うさがある。新聞の出来事に関心をあまり示さない子も含めて主権者であり、その子を「置き去り」にすることはできない。

▼学習の流れ

本授業は、概念や考え方を提示し、生徒一人ひとりに枠組み(知識の箱のようなもの)を形成させながら、知識を流し込むという授業スタイルである。各単元の内容に沿ってその内容を概説していくスタイルとは異なる。

高校の社会科系科目の隙間を埋めることで、適切な社会に関する認識が可能になり、そのことが望ましい主権者教育の実現につながると考える。これは教科書や資料集からの学習では限界がある。新聞の持つ多様な社会との出会いを含んだ記事は、各科目間の教科書の隙間を埋めるための問いを高校生に持たせる力がある。

以上である。

新聞記事を通した学習を行うことによって、物事を多面的にとらえた立体的な社会認識を育むことができるのだと感じた。また、子どもたちは新聞記事を選ぶことによって、自分の考えと触れ合うことができ、友達が選んだ記事を知ることによって他者との出会いを果たすことができるのではないだろうか。社会認識を育みながら、自分と出会い、他者と出会う場を作り出すことができる可能性をNIEは持っているのではないかと思った。